20170808


生まれた日を祝ってもらうことが増えた。なんと喜ばしいことだろう、幾つになってもおめでとうという一言は、心を明るくしてくれる。その気持ちの大小は全く関係ない。
身支度を整え、店に入った途端に桃色の相方から何度目になるかわからないおめでとうを受け取った。それを皮切りに、初めて関わった女子プリズムスタァたちが代わる代わるに卒業した店を訪れ、どこから聞きつけたのか、店に訪れる少女たちからもたくさんのおめでとうをもらった。昔からの連れは、五年前ならば夜通し飲みに行っただろう。それができなくなっても、目の前の小さな端末が彼らと黒川を繋げている。日付が変わってからたくさんのメッセージを受け取った。たった一言のために、時間を縫って電話をかけてきた友人もいた。東西南北、はたまた海の向こうの異国から、生まれた日を祝われる。今日一日でだいぶ増えた写真をゆっくりと流す。どんな話をしたか、全部覚えている。
想像もしなかったことだ。両腕に抱えたプレゼントは、二十九年前のこの日に黒川が生を受けた証だ。全て封を開けることはできなかったそれらを、大事にしようと心に決めてソファに並べていたのが午後八時。手のひらに乗るほどの花束は小さな花瓶に生けて、きれいにラッピングされたものを子供のように、一つ一つを開いていくのに胸が高鳴る。大きくなっても変わらない。
そしてそのならびに、最後に加えられた小さな箱。隣で眠る青年がどれだけ苦心して選んだものなのかを、黒川は知っていた。昨年は、共通の友人であり、彼のライバルでもある青年に色々と助言を頼んだらしい。みっともなく嫉妬して、それでも最終的には彼の本心を三十分に渡り聞くことができたのだから、棚から牡丹餅、嫉妬もたまには悪くない。今もその録音データは黒川のパソコンにも、スマショにも、もちろんオーディオプレイヤーにも入っている。たまに聞き返しては溢れんばかりの愛おしさに、つい頑張りすぎてしまうこともある。
彼が、――カヅキが選んだものは、最後に開けることにした。開けるときは一緒にいてねと抱き締めた腕の中から、もう一つ、と囁かれたものをありがたく頂戴した。特別なことはしていない。カヅキが温もりを分け与えられる場所にいて、安心しきった寝顔を見せてくれるような、ささやかな幸せが毎日の中にとけ込んでいて、その一つを今日はすくい上げたのだ。
触れてみると案外柔らかな銀髪に指を通す。数年前は痛みに痛みきっていた髪も、随分と手触りが良くなった。同じ銀色なのにと驚いた目をしていたあの頃から、黒川とカヅキの関係も、カヅキの態度も、少しずつ変化している。カチコチになって緊張していた彼はもういない。頬に触れるだけで飛び上がり、キスをしようと顔を寄せただけで真っ赤になって、ハグしようと両手を広げたら両手足を同時に出してロボットのように近づいてきたカヅキ。初々しさが鳴りを潜めてから、すっかり慣れて甘えてくるのも、時に黒川すらも度肝を抜かれるようないやらしいことまでしてくるようになって、思わず「変わったねえ」なんて言ったこともある。クーさんのせいだ、頬を染めながら尖らせた唇にキスをするのが、いっとう好きだ。
今日はもう見られないだろうか。太陽のような笑顔を。起こしたくはない、けれどまだ寝ないでほしい。甘ったるいジレンマに悩みながら二十歳を過ぎてシャープになった頬のラインを撫でていると、存外に眠りは浅かったのだろう。
「くー、さん」
眠たげな瞳が瞼の下から黒川を捉えた。
「……おれ、ねてました……?」
「一時間くらいね」
「いちっ」
じかん、息を飲んだカヅキの動きは、まるで寝起きとは思えないほどに俊敏で、枕元を叩いたかと思えば黒川を飛び越えてベッドから降りていた。脱ぎ散らかした服をひっくり返し、見慣れたストラップを引っ張り出している。薄暗い部屋に明かりが灯った。細い首とまだまだ薄い肩が安堵に撫で下ろされる影が浮かぶ。
「何かあるのかい?」
ぺたぺたと素足がフローリングを叩き、戻ってきた恋人をタオルケットの中に迎え入れる。黒川のなすがままに再び腕の中に落ちてきたカヅキが、危なかったと呟いたのだ。今日のうちにやらなければならないことでもあったのだろうか。それにしては、スマショをいじる時間は短かった。メールを書いたにしてもほんの一言だろう。仕事に関わるのならば、不本意ではあるが優先するのも致し方ない。
「冷さん」
「はい」
一つの枕に頭を並べる。銀色が混じり合い、吐息が、鼓動が伝わってくる。
「誕生日、おめでとうございます」
「ありがとう、カヅキくん」
なんとなく気恥ずかしくなって笑ってしまったら、幼さの残る笑みが安堵に染まる。昨晩も一緒に過ごしたときに、彼はそれこそ時計の針が十二をすぎてすぐにおめでとうと言ってくれた。また今年もお祝いができる、そんな言葉とともに。
「……今日、一番最初のおめでとうも、最後のおめでとうも、俺が言いたかったんです」
できれば、来年も再来年も、これからずっと。はにかむ恋人がどうして可愛くないものだろう。答えは口づけに乗せて、さあもう一度仲良くしようと撫でた腰が震えた。
誕生日を祝ってくれるひとが増えた。きっとこれからも増えていくだろう。けれど、最初と最後はずっと変わらない。

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