「……やるぞ」
「…………お、おう」
ベッドの上に座って向かい合ってから、もう三十分は経過している。互いの服はきっちり着たまま、ろくに目を合わせることもなく無為に過ぎていった時間。
今更だ。本当に、今更だ。
初めて出会った頃、二人はまだ十代だった。タイガに至っては中学生だった。今や互いに二十を超え、数え切れないほどに肌を重ねている。仁科カヅキを挟んで気に入らない者同士だった二人が、いつしか意気投合して、同時にストリート系プリズムスタァとして並び評されるようになり、比例するように距離は縮まっていった。たまに食事に行き、酒を飲むこともあれば一晩中ダンスしたり、そしてこれと言った理由はなくセックスをして、何年過ぎたのだろう。きっかけは、やはり仁科カヅキのことで話がやけに盛り上がった日のことで、どちらからともなくキスをしたことだった。それからベッドの上に乗ればやることは一つだった二人が、互いが互いに抱く感情に名をつけてしまったのがつい数日前のこと。それ以来、顔を合わせにくく、しかし求める思いばかりが膨らんで、とうとう今日に至る。
タイガから送られてきた「今日は空いているか」というメッセージに、間を置かずに返信した。その数時間後には、タイガの姿がアレクサンダーの棲む部屋のインターフォンに映っていた。階段を駆け上がってきたタイガを、玄関先で待ち構えて靴を脱ぎもせずにキスをして、もつれるようにベッドまで来て――我に返った。
そうして先へ進むためのピースを間に置いたまま、無言に耐えられなくなったのはアレクサンダーが先だった。慣れた動きでタイガの腰を引き寄せ、あっという間に腿の上に乗せてしまった。僅かに高くなった緑の瞳を覗き込む。視線が交錯した途端に頬が赤く染まっていくのは今までになく新鮮で、感情の容器からぶわりとあたたかいものが溢れていく。
「……」
「んだよ」
そんなアレクサンダーの頬をぐいぐいと押しやるタイガは、顔を逸し、そのくせアレクサンダーの腕からは逃げようとしない。更には重なっている下肢がどうなっているかも伝わってくるわけで、一体何なんだと抱き寄せると、あっさりと身体を預けてくる。
「おい?」
「……んな、顔で、見んな……」
「はぁ?」
柔らかな頬が肩に乗り、ストリートダンスのために鍛えられた腕がアレクサンダーの広い背に回り、シャツを掴んでいる。ぼそぼそ途切れがちに聞こえた声は熱い吐息が混じり、聞き取れたその意味もわからない。どんな顔で、見るなというのか。望まないことはあえてやりたくなるというのが性というもので、しかしタイガはしがみついたまま離れようとしない。
「おい、香賀美……」
これじゃやることもできない。首根っこを掴んでベッドに引き倒すのは簡単だ。いくらタイガが鍛えようとも、アレクサンダーも同じ時間を過ごしている。あの頃よりも筋肉量も増え、厚みの増した身体。力の差は依然として存在している。しかし、それでは意味がないのだ。なにせ二人が二人共、相手を想う、まるで似合わない感情を互いに抱いて、今ここにいるのだから。
呼べば手に力が込められる。幸い時間は十分なほどにある。気を長くすることを覚えたアレクサンダーは、ならばと己からベッドに倒れ込んでやった。腹の上にかかる人一人分の温もりと重さがこんなに心地の良いものだとは知らなかった。香賀美、意図して低く、柔らかくもう一度呼ぶと、タイガの全身がひくりと震えた。
「俺の顔がなんだって?」
「……なんか、……すげえ、いとしい、って……」
紫色の目がそんなに穏やかな色をするのも、緩く弧を描く唇も、和らいだ目尻も。全てが、お前が愛おしいと語るようで。
それきり顔を伏せたまま動かなくなったタイガの心音が、重なった胸から伝わってくる。いつもより少し早く、大きく、そしてじんわりと熱くなっていく身体。頬に触れる黒髪はアレクサンダーの髪とは違って少し硬く、まっすぐだ。指先で梳くように撫でればすぐにぱらぱらと逃げていってしまう。思えばタイガの態度も同じようなものだった。アレクサンダーもまた、そうしていたように思う。しかしもう違う。毛先を弄び、きっと真っ赤になっているのであろう耳に届くように、アレクサンダーは囁く。
「そりゃあそうだろ、お前が好きなんだからよ」
さも当然のことをと言わんばかりのアレクサンダーに、言葉を詰まらせるタイガ。思ったことを率直に言葉にするのは、半分混じった血によるものも有るかもしれない。日本人らしい恥じらいは、なるほどつきあってみれば趣もあって、そういうのを好きなものは好むだろう。
アレクサンダーもまた、そういうタイガの反応は好ましく感じるし、挙句には面白くなってしまって、「愛してるぜ」とびきりの甘い声で吹き込んでやったら、大げさなまでにびくりと揺れ「や、まとっ」勘弁してくれという声が聞こえるようだ。もういいだろうとその真っ赤な顔を拝んでやるためにひっくり返してやったのだった。