ストリートダンスのみならず、プリズムショーもジャンプも体幹がしっかりしていないとすぐにバランスを崩してしまう。思うような動きをするためには身体を鍛えることは必要不可欠だったから、黒川冷のプリズムショーに憧れてから、ストリートダンスに明け暮れていた俺は、つまるところトレーニングだって自己流だったり、エーデルローズに入学してからは基礎からみっちりやったり、怠ったことはなかった。プリズムスタァは結局のところアスリートなのだ。体づくりは怠ったことはない。ヒロやコウジだって、服を着ていればそこまで見えないものの、ちゃんと筋肉がついている。俺もその例に漏れず、同年代の男子よりは鍛えていた。だから、初めて――そう、憧れその人である黒川冷と付き合うことになったあれこれは今は置いておくとして、いわゆるそういうことをするとなったとき、「お、いい身体だね、ちゃんと鍛えてある」と褒められたのはものすごく嬉しかったのだ。
シャワーを浴びて、リビングに戻ると冷さんはいなかった。キッチンの換気扇の下で煙草を吸っているわけでもなく、トイレでもなく。つまり、残っている部屋は大きなベッドのある寝室だ。こっそり覗いたことがあるけれど、余裕で転がれるようにでかいベッドにしたんだよねという言葉の通り、本当に大きなベッドがおいてある。多分俺の部屋にあるものの倍くらいだ。
「カヅキくん? お風呂あがった?」
その部屋の中から、廊下に俺の気配を見つけたらしい冷さんの声が聞こえてきた。ここにいるだろうと分かっていたのに入れなかったのは、だって恋人の寝室ってまさにそのための……って感じがするからであって、これからやるセ、クスという行為のことを目の前に突きつけられるというか、生々しく認識させられるというか、つまりなんというか恥ずかしくてドアノブに手をかけては一歩下がってを繰り返していたわけだ。しかし、呼ばれてしまったならばもう逃げ道はない。逃げるつもりはまったくない、が、恥ずかしいというか、なんというか。
ただそこでずっと立ちすくんでいるわけにもいかない。今日はやっと迎えた日なのだ。冷さんは付き合い始めた頃からその、え、えっちがしたいと言ってくれていた。これまでできなかったのは、俺がそういう経験がなくて、興味はあるけれど男同士というところに及び腰になっているのを見透かされていたからだった。「カヅキくんの準備ができるまで待つよ」と言ってくれた彼に、心底感謝している。一緒に寝たら手を出しちゃいそうだからと二十二時には帰る健全なおつきあいを続けて三ヶ月。その間に、俺は調べた。男同士でどうやるのか。おかげさまですっかり耳年増ってやつだ。自分で、入れる場所を触ることはできなかったけれど、心構えみたいなのはできたと思う。相手を信じて、心を開く。冷さんはやり方を知っていると言っていたから、それならもう身を任せるのが一番だ。何より、求めてくれているならば俺は応えたい。そう伝えたとき、彼はとても喜んでくれた。その笑顔を見て腹は括った。
そうっと寝室の扉を開けた俺の目に飛び込んできたのは、寝間着代わりにしているのだろう赤と青のジャージで、ベッドの上で寛いでいる冷さんの姿だった。膝の上には雑誌が広げられていて、しかしそれは俺が部屋に入ったと同時に閉じられてサイドテーブルに移動した。動きを目で追いかけていたら、隣に四角い箱と入れるときに使うあの、あれ、ローションってやつが並べておいてあって、ああ本当にするんだと、心拍数が急激に上昇していく。
「カヅキくん、こっちおいで」
「は、はい」
「大丈夫だよ、頭から取って食うわけじゃなし」
緊張を見透かしたようにくつくつ笑う冷さんは、大人の男の人って感じがしてかっこいい。でも「あ、でも食べちゃうのは本当だね」たまにこんなおやじ臭いことも言う。
ぽんぽんと叩かれた隣に座ると、ベッドは少し揺れた。スプリングが軋む音はしない。乾かしたばかりの髪に触れた彼の手が毛先を擽って、流れるようにキスをされた。ちゅ、っとかすかな音がしたと思った瞬間には触れた唇が離れていて、目前には南国の海の色をした瞳が微笑んでいた。頬を撫で、首を辿って降りていく手はあたたかくて、緊張でどくどく言っていた心臓の音が少しずつ落ち着いていく。
「かわいい、カヅキくん……」
とすんと腕の中に落ちて抱き締められると、風呂場で嗅いだにおいと同じにおいがした。今までにも何度も感じたことのあるそれが、どこから生まれたものなのか知って、そしてきっと今俺も同じにおいがしているのだと思うと、胸がぎゅっとなる。
跨ぐように膝の上に座らされて、重くないだろうかと腿に力を入れていたら笑われた。力をぬいて、という言葉に頷いたものの、身体はどうにも言うことを聞いてくれない。それを冷さんもわかったのだろう、無理はしないでと一言告げると、そこからはキスの嵐だった。
初めは唇を触れ合わせるだけのキス。冬になると切れやすい俺の唇は、最近は冷さんのお陰で絶好調だ。どうしてもリップクリームでの手入れを忘れがちな俺にかわって、なんとかというクリームみたいなのを塗ってくれたり、ちゃんと手入れされている冷さんの唇越しにリップクリームの成分みたいなのが俺の方にくっついてきたりしている。柔らかくてしっとりしていて、くちびる同士が擦れたり、食んだり食まれたりするのは気持ちがいい。
それから冷さんの舌がその間を叩いてくるから、俺は口を開くのだ。初めてしたときは、本当に口から食べられてしまいそうで、どうやって呼吸をすればいいのかも、頭は分かっているのに身体は全然動かなかった。口の中いっぱいに彼の舌が動き回る。舌の付け根や上顎を舐められるのがあんなに気持ちいいなんて知らなかった。俺も必死になって舌を伸ばして、流れ込んでくる唾液を飲み込んで、それでもあふれてしまうから、終わる頃にはいつも口の周りはべちょべちょに濡れている。
そうやって、頭がぼうっとしてきたくらいで冷さんはいつもキスを終わらせる。これ以上やったら止まらなくなるからって。でも今日は止まらなくていい。止めないで下さいって俺がお願いした。だからなのだろう、いつもと同じキスをして、息継ぎもする間もなく、冷さんに再び口を塞がれて、俺は舌を差し出した。
「ん、ん……っ!?」
ぎゅっと瞑っていた目を開いたのは、腰の後ろあたりを撫でられたからだ。服越し、ではなくて、直接だ。ウエストのゴムのところを、ケーキを型から外すナイフのように、ぐるりと半周。俺を見ている冷さんの瞳が、今までに見たことのない色をしている。借りたシャツが引き抜かれて、それから離れた唇の間の糸が切れるのも待たずに、今度は脇腹から上へと手が上がっていく。いつも撫でてくれる手のひらとは違う。何かを確かめるように、探るように、ない肉を揉まれたかと思えば触れるかどうかのところを行ったり来たり。擽ったいのかなんなのか、ぞわぞわしたのが止まらなくて、俺は冷さんにしがみつくしかなかった。触られる度にびくびくしてしまう。そのうちに、耳朶を生暖かいものが包み、それが舌だと気が付いたときには「ひゃぁ」俺はひっくり返った高い声で鳴いていた。
身体からはすっかり力が抜けていた。体重をかけないように踏ん張っていた腿は緩みきって、冷さんの手が離れたときにはくったりと寄りかかるしかなかった。触れられたところから融けてしまうようだ。
「カヅキくん、はい、ばんざい」
「は、い……」
挙句、子供みたいにシャツを引っこ抜かれて、ベッドに転がされてしまった。すっかり力の抜け、しかし火照り始めた身体にシーツがひんやりして気持ちがいい。覆いかぶさってくる冷さんが胸から腹を一撫でして、そう、褒めてくれたのだ。
「良い身体だね、ちゃんと鍛えてある」
浮いた筋にキスをくれて、一つ一つを確かめるように辿っていく。今は恋人とはいえ、小さな頃から憧れた人にそうやって褒めてもらえて、心の底から喜びが湧き上がった。冷さんみたいなショーができたらって、今まで頑張ってきた。プリズムショーはすごいんだって、みんなに知ってほしくて。嬉しくて、嬉しくてたまらなくて冷さんに抱きついたら、しっかりと抱き返してくれて、もっと嬉しくなった。
「ほんとかわいいなぁ…………ん?」
「冷さ、……ア゛ッ、いや、これはそのっ!」
「俺に触られて気持ちよくなったってことでいいんだね?」
「う、……はぃ……」
そうやって密着していたら、気付かれてしまった。というか、俺自身気づいていなかった俺の身体の変化。冷さんの手に触れられて気持ちよくなっていた俺は、すっかり勃起してしまっていたのだ。図らずも押し付ける形になってしまい、気が付いたときには時既に遅し。笑みを深めた冷さんの手が、これもまた借り物のハーフパンツにかかる。
「脱がすよ、いいね」
多分、きっと、聞いてくれるのは優しさだ。嫌だというつもりはないけれど、ここでやだって言ったら、冷さんはやめてくれるのだろう。頷くと、ほっとしたような呼吸が聞こえたような気がした。腰を浮かせ、引き抜かれていくハーフパンツを見るのも気が引けて、冷さんにしがみついたまま天井の明かりの傘を睨みつける。
「わ、あ、あっ! あっ、あぁ……っ」
ぱさりとどこかに服が落ちた。しかしそれがどこに放られたのか知る余裕なんか、どこにもなかった。冷さんの手がパンツ越しに俺の股を揉んで、手の中で反応し始めたそれを転がす。ほんの少し触られただけだと言うのに信じられないくらいに気持ちいい。カヅキくんと名前を呼ばれ、カリ、と耳の柔らかい骨を齧られて。
「あああぁぁぁ……っ」
俺は呆気なく射精してしまったのだった。
俺史上最短記録を間違いなく更新した。早い。早すぎる。恥ずかしくて、穴があったら入りたいと言うのに冷さんはまだ俺のちんこを扱き続け、ぬちゃぬちゃとパンツとさきっぽがこすれるのがまた気持ちよくて、俺は続けて軽くイってしまった。変な声は出るし、秒で出してしまうなんて、いや、その、これからすることがそういうことだっていうのは分かっていたけれど、それにしてもひどすぎる。あんな声が出るなんて知らなかった。呆れられてやいないか怖くて、冷さんの顔も見れなくて、シーツの上で丸まっていたらパンツのゴムを引っ張られた。ぎゅっと抱き締められて、頬と目尻にキスが一つずつ。
「泣くことないよ、気持ちよかったんでしょ?」
俺は嬉しいなぁ。にこにこ笑っている冷さんは、自分の手で恋人が気持ちよくなるのって最高に嬉しいと、もう一度正面から言ってくれた。
「そんなものですか?」
「そんなもん、そんなもん」
覗き込まれて、この人が俺の手で、身体で気持ちよくなってくれたらということをふと考える。同じように触って、射精するっていうのはそのわかりやすい証拠だ。冷さんがイくところ。どんなだろう。想像したら顔に熱が集まっていってしまって、「何考えたの?」冷さんのそんな姿を思い浮かべるだけでまた下半身が反応してしまいかけた。
「パンツも脱ごうか。濡れて気持ち悪いだろ」
「あ、はい、」
平常心、平常心と唱えながら流石にパンツは自分でと手をかけて、ふと目の前の恋人はまだ着ているものを一切見出していないことに気がついた。どうかしたかと首を傾げている彼の裸体は、そういえば見たことがない。若かりし頃の冷さんは鍛え上げられた腹筋をアピールするような衣装を着ていたが、ここ数年は全身ガードの硬い服ばかりだ。スーツをきっちり着込んだスマートな姿ばかりを見ていたから、ジャージ姿も新鮮だけれど、そういえば抱き締められたときや抱きついたときの感覚からすると、未だにその身体は衰えていない。
ついさっき思い浮かべた、冷さんが気持ちよくなる姿が再び脳裏を掠めていく。むくむくと湧き上がる、見たいという気持ち。恋人だって言うなら、俺ばっかりなのは不公平なんじゃないだろうか。
「カヅキくん? どうかした……」
「冷さん、あの!」
「うん?」
「俺も、……俺も冷さんの身体、見たい、です」
一瞬きょとんとした冷さんは、すぐに破顔して、いいよと頷いてくれた。身体を起こして、向かい合って座る。胡座をかいた足の間がどうなっているかは見えなかった。胸元のチャックを下ろし、一気にジャージを脱ぎ捨て、そして現れた冷さんの上半身は、「……うわ」正直言って、想像以上のものだった。
「す、……っげぇ……」
「まじまじ見られると照れるな」
腹筋は昔の記憶よりももっとはっきりと割れていて、なだらかに隆起する胸筋も、はっきりと見て取れる腕の筋が生み出す陰影も、そのどれもがどこか艶のある褐色の肌に覆われている。臍の下にぽつぽつと見える黒い筋は、下履きに近づくに連れて広がっていた。格好いい。着痩せするんだよねとつぶやく冷さんが少し動くだけで、その身体を覆う筋肉が息づいているのが分かる。無駄のない身体と言えば良いのだろうか。ものすごく格好良くて、ものすごくセクシーだ。上半身だけでこれだったら、全身は一体どんなだろう。
男同士とはいえ連れションもしたことなければ、温泉に行ったことはあるものの風呂は別だったし、冷さんの股間にあるものについて、俺は一切情報を持っていない。
「下も見る?」
「み、見る、見ます」
食い気味になってしまったのが恥ずかしいけれど、ここはもう正直になるのが一番いい。軽快な笑い声とともに冷さんはよっこらせと下着ごとジャージを脱ぎ捨て、その全身を俺の前に見せてくれたのだった。
「まぁ始めちゃったら見る余裕ないか。触っていいよ」
「ぅえっ、え、あ、は、はいっじゃあ、し、失礼します……?」
黒々とした腹の下の茂みから緩く頭をもたげているちんこは俺のと同じものであるはずなのに、色も形も大きさも全然違う。恐る恐る持ってみたらずっしりとしていて重たい。竿に滑らせた手は浮いた筋の感触を伝えてくるし、動かしたらぴくんと手の中で撥ねて少し大きくなったようだった。まだコレで完勃ちじゃないなんて、マックス状態になったらどれだけ大きくなるんだろう。これが、俺の中に――入るのだろうか。ぞっとしたものを振り払いつつ、手を動かしていたら、先っぽの割れ目からカウパーが滲んできて、塗り広げるように指先を動かしたら、はぁ、とため息が振ってきて。
「…………」
眉を少し苦しげに寄せて、目を細め、その奥には間違いようのない情欲を灯らせている。呼吸する度に上下する胸と揺れる筋肉、ぺろりと唇を舐めた舌は生々しい肉の色をしていた。その唇が微かに動き、紡ぐ音は俺の名で。
きっと俺の顔は真っ赤になっていたのだろう。冷さんの手が伸びてきて、頬に触れた。ゆっくりと近づいてくる壮絶にエロい顔から目が離せない。そしてもう少しで触れる、そんな距離まで近付いたとき。硬直した手に、ぽたりと雫が落ちた。
「……ぁえ?」
「あっ」
続けて、ぽた、ぽたりと生暖かいものが落ちて、やっと金縛りから解放された。一体何だと視線を下ろすと、冷さんのちんこを握ったままの俺の腕に赤い点が散っていたのである。
「あーあー、カヅキくんにはまだ刺激が強すぎたかな」
途端に苦笑に変わった冷さんは、ベッドサイドに置かれていたティッシュを数枚抜いて、鼻先を拭われて。鼻血はなかなか止まらず、横になって休むうちにそんな雰囲気は夢のように消えていってしまった。
少しずつ慣れて、えっちしようね、そんな慰めの言葉に謝ることしかできない自分が情けなくて、せめて何かできることはと聞いたら「じゃあ手を貸してくれる?」喜んで差し出した手で、冷さんがオナニーして、更に俺の手の中に吐き出した瞬間、また鼻血が出そうになって、まだまだ先は長いなぁと少し汗を浮かべた彼に抱き締められたのだった。