プレゼントフォーユー


 セットしていたアラームが鳴る前に目が覚めたら、かわいいかわいい恋人が隣で寝ていた。それはもうぐっすりと、深い寝息をたてているところからして熟睡もいいところだ。いつの間にきたのだろう。だって彼は、昨日は友人や後輩たちとクリスマスパーティーをするのだと楽しそうに話してくれていたのだから。
 両親が海外で仕事をしている彼は、普段実家に一人で暮らしている。もう十八の男だとはいえ、見た目はまだまだ幼く、しかも今をときめくプリズムスタァだ。いろいろあって付き合うことになってからは、彼が想像以上に無防備なことを知ってしまい、気を抜いていたら誘拐でもされてしまうのではないかと心配になった。いっそのこと自分のテリトリーに引き込んでしまえばそんな不安も消えるのではないかと、ご飯を食べにおいでよと家に呼び、そのまま泊まらせることも増えた。あんまり甘えすぎるのも申し訳ないという彼を押し切って、俺がそばにいてほしいんだよ、なんて囁けば、俺も一緒にいたい、なんてかわいいことまで言ってくれる。ここに住んでくれればいいのに。でも、彼は彼で実家の手伝いもしているから、さすがに難しい。そもそも黒川自身が店のことで家に帰る時間もなかなか取れず、どうにもうまくいかないけれど、二人はそうやってゆっくりと付き合っていた。
 そんな彼が、少し前までいた寮でのクリスマスパーティーだとなれば、そこにそのまま泊まるだろうことは予想に難くなく、彼自身もそうするだろうと言っていた。のに、なぜここに。どうせあの子は今日来ない、せっかくのクリスマスなのになあ、自棄になりながら飲み始めた酒は少し過ごしてしまって、それでも少なくとも終電がなくなる時間までは飲んでいたことだけは覚えている。部屋着代わりのジャージでベッドに潜っているから、とりあえず寝る支度もしたのだろう。リビングがどうなっているかは知らないが。だから、彼がここに来る手段は限られている。
 確かに彼には合鍵を渡していた。いつでも遊びにおいで、そう言って黒川は赤いチャームのついた鍵を彼の手に握らせた。しかしそれが使われたことは今まで一度もなく、真面目な彼のことだから無くすことはないだろうし、家主不在の家に勝手に入るなんて気がひける、そんな理由に違いない。彼らしいといえばらしい。黒川としては、たまには彼の待つ家に帰れたら、なんて少し夢を見ていたが、それは未だかなっていない。頼めばやってくれるのだろうが、そこは彼の意思でやってほしいというささやかなわがままだ。
 そんなことはさておき、いつの間にやってきたのだろう。すよすよと聞こえる寝息が近い。同じベッドで寝ることは今までにも何度かあったけれど、毎回毎回、彼の早起きに黒川が起こされるばかりで寝顔も碌に見れていなかった。
 薄く開いた唇の向こうに、真珠色の歯が覗く。大きな瞳は今は閉じられて、案外長いとこの間知った睫毛が呼吸に合わせて揺れていた。出会った頃に比べてだいぶしっかりしてきた肩が穏やかに上下して、彼が今も夢の中で踊っていることがわかる。
 ――クリスマスプレゼントなのだろうか。これは、最近電話もろくにできないくらいに忙しかった俺への、一日遅れのクリスマスプレゼントなのだろうか。
 最後に顔を合わせて話したのは月初のことだ。これからクリスマス商戦と年末年始のお年玉合戦が続くから、忙しくなる前にと時間を作って彼を食事に呼んだ。店が軌道に乗ったのは本当にありがたく嬉しいことだけれど、年々忙しさは増して自分の時間が作れない。結局、その時も食事をして、彼が片付けてくれている間に転寝をしてしまって、一緒に過ごせた時間はあまりなかった。落ち着いたらまたクーさんの飯が食べたいです、と言って帰って行った彼は、それからは彼自身の仕事やプリズムショーの練習やらで黒川とすれ違いの毎日となってしまっていた。せめてクリスマスの夜だけでも恋人らしいことをと、家に帰れるように予定を調整したら、彼はクリスマスパーティーときた。これは飲んでもいいだろう。とっておきの一本を引っ張り出して、それからビールとウイスキー。押される形で付き合い始めたのに、今となっては黒川がすっかり惚れ込んで、彼が、カヅキが足りないとモモに泣き言を零す始末であった。
 年下の男と付き合ったことは初めてではないとはいえ、十近くも離れているとなると、すれ違いが多くなったところで仕方がない。そんなことは分かっている。だからこそ、大事な時にはそれらしいことをしたかった。自由な彼は、恋愛経験が乏しいからか、悉くそれらを外してくれる。らしいといえばらしい。そんなところも愛おしい。だからこそ、なくなったものと思っていたクリスマスの翌朝に、カヅキが目の前にいる、寝顔を余すところなく見せてくれている、安らいだ姿を一番近くに置いてくれているという事実が、ある意味黒川の度肝を抜いて、喜びを倍増させているのだった。
 起きないかな。起きてほしい。そしてとびきりの幸福をもって名前を呼んで。
 まだ寝顔を見ていたいという望みと、そんなティーンみたいな幼い願いが交互に思い浮かんではふわふわと漂い、静かな朝を満たしていく。こんなゆっくりした朝は久しぶりだ。出勤は昼から、何か問題が起これば連絡が来るだろうが、昨日の夕方からは客足もだいぶ落ち着いた。
 堪能したい。せっかくのプレゼントなら、身体も声も感情も、なにもかも。冬休みに入った彼を起こすのは忍びないから、早く起きてと額をこつんと合わせ、触れるだけのキスをする。かさついた唇を食み、舌の先で柔らかさを確かめて。触れ始めたら止まらなくなるのはわかっていたのに、そうやって始めてしまったものだから、彼の目覚めを促してしまったのだろう。抱き込んだところで小さな呻き声があがり、焦点の合わない瞳が瞼の下から現れた。そこいっぱいに映る自分の顔の、なんと緩いことだろう。
「おはよう、カヅキくん」
 ぱちぱちと二回の瞬きがあって、「くーさん……?」まだ蕩けた彼が舌の回らない声で黒川を呼ぶ。眉間にしわが寄るくらいに瞼に力を込めたカヅキが、再びその瞳を見せた時には、はっきりとした光を浮かべていた。寝起きの良さは黒川の知る誰よりも良い彼が破顔する。
「おはようございます、クーさん。勝手に入ってすみません」
「いいよ、そのために合鍵渡してたんだから」
 やっと使ってくれたね。抱き込んだ腕に力を込めると、照れくさそうに笑うカヅキもまたそろそろと羽布団の中で腕を伸ばし、ぴたりと身体を寄せてきた。シーツの上を滑る足が絡み、ジャージ越しのぬくもりがじわりと伝わってくる。離れがたいのはお互い様だった。
「ふ、んぁ……」
 どちらからともなく口付けた。何度も離れては触れ、押し付けたくちびるが小さな音を立てる。服の上から身体中をまさぐる手のひらが背をひた走り、うなじから短い髪の生え際を辿った。性感を煽るよりも、ただただ確かめるように。大切なものがすぐそこにあることを、五感の全てで形を得るために。
「クーさん、」
「うん、カヅキくん」
 長く骨の太い指がこめかみを滑り、へたった髪に差し込まれる。硬い指の腹に、大きな手のひらにもっと触れてほしい。?を懐かせたカヅキの素直な甘えに、黒川は溢れてくるものを押しとどめることはしなかった。
 体重を少しかければカヅキの身体を下に封じ込めることは簡単だ。両腕で囲み、小さな檻を作る。ん、と尖らせたくちびるが何を求めているかは明白で、食べてしまうぞと言わんばかりに噛み付くと、カーテン越しの朝日に薄明るくなってきた部屋に密やかな笑い声が響いた。もう一度、さらにもう一度。頬や額や、つんとした鼻の頭にも触れていくと、その笑い声が何かに気付いたのか息を呑む。
「……あの、クーさん、その」
 薄明るい中でわかるくらいに朱を昇らせたカヅキが、途端に視線を彷徨わせていた。あたってる、そう聞こえると同時に黒川は重なった下肢に腰を擦り付けた。久々に触れる恋人のぬくもり、肌の柔らかさににおいと、煽られない男がいるだろうか。耳の裏側を撫でると全身を震わせ、何か言いたげに開いた口は言葉を発することなく塞がれた。ぬるりと這入り込んだ舌を受け入れたカヅキの腕が持ち上がり、黒川の背を抱く。足が太腿に巻き付いて、押し当てられるものは、黒川と同じく硬くなり始めていた。
「クリスマスプレゼント、用意できなかったんで……だから、俺で」
「もらっていいの?」
 トナカイの鼻もかくやとばかりに面を真っ赤にしたカヅキがこくりと頷く。忍び込ませた手が擽ったいのか、溢れた跳ねるような吐息が次第に潤んだものへと変わっていく。早起きもたまには悪くない。最高のプレゼントだよ、囁いてその全てを拝領すべく、黒川は目の前の宝物に恭しく口付けた。

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