君の言葉が愛のメッセージ


 カヅキは暇を持て余していた。せっかくアレクサンダーの部屋に来ているというのに、家主がカヅキを放って台本と睨めっこしているからだ。なんでも、今度ゲスト出演するとかのバラエティ番組のものらしい。アイドルでもなんでもねえぞとボヤきながらも真面目に取り組むのは彼のいいところだ。その理由がギャラであってもプロ精神は見上げたものだとカヅキは思っている。だがしかし、二人きりの時くらい、ちょっとは構ってくれてもいいのではないか。
 持ってきた雑誌も読み終わり、メールの返信ももう済んでしまった。アレクサンダーがうんうん唸っているのを眺めてもう三十分ほどが経過した。まるでカヅキの視線に気付いていない。構えよ。そんなに眉間にしわ寄せてたら取れなくなるぞ。
 膨らませていた?をぷしゅっと潰し、カヅキはそろりと後ろに回った。若草色の短髪の向こう側に文字の羅列がある。さっきから同じページばかり見ているのは知っている。一体どんなな台本なのか。そもそもバラエティ番組に台本などあっただろうか。もっとよく覗き込もうとして、気配を感じたらしいアレクサンダーが勢いよく振り返った。鼻がぶつかった。
「ってえ……」
「悪い……何そんなに悩んでるんだ?」
 ドラマでも映画でもなく、バラエティ番組。クイズでもない。トークとミニコーナーで一時間が構成されているような番組だ。カヅキもたまに見ることがある。出演したのは、まだOver the rainbowとして活動していた時に何回か。特にそんなに注意しなければならなかったこともなかった、と記憶している。
「新しい企画が持ち上がってんだとよ」
「へー、で?」
 示されたのは、新企画と称したなんでもランキングのようなものだった。ランキング自体は珍しくない。ただそれをゲストにやってもらおうという試みなのだそうだ。そしてアレクサンダーが出演する時のランキングのお題は、ずばり恋人に言って欲しいクサい台詞。
「お、おう……」
 アレクサンダーと付き合い始めて暫く経つ。その間に、彼がどういう性格でどういう人物なのかというのは見えてきている。と、カヅキは感じている。根は真面目で素直。直情型、硬派で、しかし物言いこそ乱暴だが筋の通らないことは決して言わない。一つ一つを知るたびに、好ましさが増していく。しかし、だからこそアレクサンダーが唸っていた理由も分かった。これは、つらい。クサい台詞って。
「……お前が言うの? これ」
 頷くアレクサンダーの口からはらしくもない大きなため息が吐き出された。気持ちはわかる、ものすごく。なにせこの中から選んでくださいと書いてある候補のどれもが、読むだけで顔から火が出そうなものばかりなのだ。痒くなる。
「読むだけじゃ……」
「ダメだろう、金もらうんだから」
「だよな」
 こういうところは完璧主義だ。ブツブツと呟いているのもその台詞なのだろう。しかし鬼のような形相では雰囲気もへったくれもない。恐らくオンエア版ではBGMやら画面装飾やらいろいろ演出をするのだろうが、メインはアレクサンダーだ。
 よし、とカヅキはソファの背もたれを乗り越えアレクサンダーの隣に飛び降りる。台本をぱたんと閉じ、眉間をぐりぐりと押してやると、その手を捕らえられる。口を尖らせているところはどこか年相応で、かわいいとすら感じるようになっていた。
「ほら、笑って言ってみろよ」
「なんで」
「練習練習。言い慣れれば恥ずかしくなくなるんじゃねえか?」
 他人事だと思いやがって。アレクサンダーが吐き棄てる。しかし、一つ深呼吸をするとアレクサンダーの纏う空気がガラリと変わった。掴まれたままのカヅキの腕をぐっと引くと、薄っすらと笑みすら浮かべるアレクサンダーが眼前に迫る。そして吐息すら感じられそうなところで低い声が囁いた。
「『俺には甘いモンは要らねぇ。…お前が十二分に甘くて美味いからな』」
 カヅキは常々思っていた。声がいい奴は、それだけでずるいと。だがしかしそれにそれなりの台詞を乗せるとさらに破壊力を増すのだ。それを体験してしまった瞬間である。
「……コーヒーブラックで飲めないくせに」
「ハ、真っ赤になって言うことかよ」
 世の女性はこんな台詞を言われたいのか。言われたらカヅキと同じく腰砕けになるのではないか。しかしさっきまでの唸りようがなんだったのかというほどのハマり具合だ。騙されたのかとカヅキは一瞬にして火照った顔を隠そうと逸らす。そして気付く。
「お前だって赤くなってんじゃん」
「るっせえ、お前も言ってみろ!」
「やだよ恥ずかしい!」
「ああ!? 人にだけ言わせてんじゃねえぞ」
 無理無理、伸びてくるアレクサンダーの手から逃げながらカヅキは思う。できれば、あの顔は自分だけのものにしておきたいものだと。所詮演技だとアレクサンダーは言うのだろう。それでも、付き合い始めて日も浅く一緒に居られる時間も限られているのだ。少しでも多く自分だけのアレクサンダーにいて欲しい。なんて、言えるはずもなく。
「なあ次はこっち言ってくれよ」
「言、わ、ね、え!」
「『どんな魔法を使って君は俺を惹きつけるの?』」
「棒読み、やり直し」
「お手本見せてくれ」
「やらねえ」
 臍を曲げたアレクサンダーはそれきりカヅキの前でその話をすることはなかった。カヅキもまた仕事でばたばたしていたせいでリアルタイムでの視聴が叶わず、アレクサンダーがどんな顔で言ったのかを知るのは放送から実に一週間が経過した後、本人の手ずからの再現によるものだったとか、それは二人だけの知るところである。

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